大判例

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東京高等裁判所 昭和54年(ネ)2648号 判決

控訴人

株式会社土井鋼材沼津事業所

右代表者

土井道夫

右訴訟代理人

多賀健三郎

外二名

被控訴人

柳田スチール株式会社

右代表者

柳田昌宏

右訴訟代理人

上坂明

外二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、

被控訴代理人は、主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に付加訂正するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

一  原判決四枚目表八行目から五枚目表五行目までを次のとおりに改める。

「1 控訴人は、昭和五一年一一月一日一審相被告岡村鋼板(以下単に、岡村鋼板という。)との間に、控訴人が岡村鋼板との間の継続的鋼材取引において岡村鋼板に対して有するに至る一切の債権を担保するため、右債権につき債務不履行があつた場合には、これを停止条件として、その時点において岡村鋼板が各得意先に対して有する鋼材類売却代金債権一切が当然に控訴人に担保の目的で譲渡され、右時点における被担保債権額の限度で控訴人は岡村鋼板の名義で右債権譲渡につき債務者に確定日付ある通知をすることができ、債権譲渡につき対抗要件の具備された債権額の範囲で控訴人の岡村鋼板に対する債権が代物弁済により消滅する旨の内容の停止条件付根代物弁済ないし根譲渡担保契約(以下、「一一月契約」ともいう。)を締結した。」

二  五枚目表六行目「岡村鋼板は」の次に「同日」を加え、同裏七行目「債権者および第三債務者」を「債務者及び第三者」に改める。

三  六枚目裏六行目の次に次のとおり加える。

「7 控訴人が譲受取得する債権の特定は、岡村鋼板の債務不履行の時点になされるが、仮に、右特定が債権譲渡通知時になされるものと解するにしても、いずれにせよ、岡村鋼板は、債権譲渡を発効させるために、一一月契約時以後なんらの法律行為をしていない(この意味では、一一月契約は、代物弁済の一方の予約に類似した法的性質を有するともいえる。)。したがつて、岡村鋼板が債権譲渡通知のあつた昭和五二年六月二九日又はその前後接着した時期に詐害の意思をもつて財産上の行為をしたことを前提とする被控訴人の主張は、この点においても失当である。」

四  〈省略〉

理由

当裁判所も被控訴人の本訴請求を正当として認容すべきものと判断するものであつて、その理由は、次に付加訂正するほか、原判決理由説示のとおりであるからこれを引用する。

一〈省略〉

二一〇枚目表四行目から一一枚目裏二行目までを次のとおりに改める。

「右念書に書面化された一一月契約の約旨については、右に述べた以上には証拠上これを明らかにすることができないので、以上認定の事実に基いてこれを解釈するほかはない。控訴人は、これを停止条件付根代物弁済ないし根譲渡担保契約と解し、岡村鋼板に控訴人に対する債務不履行等の事由が生じたときは、岡村鋼板の各得意先に対する鋼材類売却代金債権一切が当然に控訴人に移転すると主張するけれども、岡村鋼板の控訴人に対する債務額と各得意先に対する売掛代金債権額との大小や岡村鋼板の有する他の弁済手段の状況、他の一般債権者の存否や債権額等の事情如何に拘らず、岡村鋼板は控訴人に対する関係では、なんらの通知もないままいつたんすべての売掛代金債権を失い、その取立・処分が不可能となるとすることは、特段の事情のない限りその必要も合理性もなく、通常の取引当事者の意思に合致しないというべく、本件念書による約旨について、特に控訴人主張のように理解するのを相当とする事情を認めるに足る証拠はない。

むしろ、一一月契約の約旨は、控訴人の岡村鋼板に対する債権につき岡村鋼板に債務不履行等の事由があつた場合、控訴人は、右時点における岡村鋼板に対する債権の代物弁済として、債権額の限度において、岡村鋼板自らの控訴人に対する債権譲渡の意思表示を経ないで、岡村鋼板の得意先に対する債権を譲受取得することができ、そして、岡村鋼板の得意先(債務者)のうちいずれに対する債権を控訴人が取得するかは控訴人がこれを選択し、しかも、民法四〇七条一項の規定に拘らず、岡村鋼板に対する意思表示によらなくても、控訴人が岡村鋼板の名をもつてする債権譲渡通知書の発送により、目的たる債権の選択・特定をなしうる権限を与えられたものとみるのが相当である。ところで、債権譲渡の通知は本来譲渡人(この場合岡村鋼板)がなすべきものであるから、この点については、岡村鋼板の一一月契約に基く授権により、控訴人が岡村鋼板の代理人としてこれをなすものとみるほかはない。

してみると、一一月契約の成立によつて、岡村鋼板の得意先に対する売却代金債権の全部又は一部が岡村鋼板の債権者の一般債権の弁済を担保すべき一般財産から除外されて控訴人に帰属したものとはいえず、控訴人の債権譲渡通知書の発送をもつてする特定を待つてはじめて、その通知の対象たる債権が岡村鋼板の一般財産から離脱するものといわなければならない。

前掲乙第一二号証によれば、控訴人は昭和五二年六月二九日当時岡村鋼板に対し一七三六万七八八七円の鋼材売却代金債権を有していたことが認められるから、控訴人は、一一月契約に基き右債権額の範囲内において、同日付、同月三〇日到達の岡村鋼板名義の債権譲渡通知書(甲第八号証、第九号証の一)の発送により、岡村鋼板の債務者(得意先)遠藤工業、同日新製作所に対する前掲金額の売掛代金債権の譲渡を受けたものというべきである。

ところで、さきに述べた一一月契約の締結に至る事実関係、ことに当時岡村鋼板が手形決済不能の状況にあつたこと及び前記念書の記載からすれば、控訴人は一一月契約当時既に岡村鋼板に倒産等の危険のあることを予想し、その場合他の一般債権者を害する結果となつてもこれらに先んじて自己の債権の弁済を確保しようとの意図のもとに岡村鋼板との間に一一月契約を成立せしめ、その約定の下に鋼材取引を継続してきたものといわなければならない。さらに、既に述べた事実関係に、〈証拠〉を総合すれば、岡村鋼板の経営は、昭和五二年六月頃からさらに悪化し、同月三〇日には手形不渡による倒産が必至となつたため、同月二八日被控訴人及び控訴人を含む岡村鋼板の債権者らが集合して債権者会議を開催し善後策を検討していた間、控訴人はひそかに岡村鋼板の得意先(債務者)及びこれらに対する債権額を調査確認し、他の債権者らに先行して本件債権譲渡の通知をなしたことが認められ、右通知当時、債務者岡村鋼板に被控訴人を含む債権者らに対する債務を完全に弁済する資力がなかつたことは弁論の全趣旨により明らかであるから、控訴人の右債権譲渡通知は被控訴人を含む岡村鋼板の他の債権者を害することを知つてなしたものといわざるを得ず、債務者岡村鋼板自体については、右時期において控訴人に対する本件債権の譲渡及びその通知につき明示の関与をしたことは認められないけれども、既に一一月契約当時その倒産等の危険を予期し、その場合における控訴人の他の一般債権者に対する害意を認識しながら一一月契約に応じ、右約定下に控訴人との鋼材取引を継続してきたものであり、その間、右危険が現実化して倒産必至の状況に至るや、その代理人たる控訴人において被控訴人を含む他の一般債権者を害するに至ることを知りながら前記のとおり債権譲渡通知をなさしめたものといわなければならない。

以上の一連の経過に照らせば、控訴人が岡村鋼板名義で昭和五二年六月二九日付通知書でした本件各債権譲渡通知は、債務者岡村鋼板の授権に基き受益者たる控訴人が被控訴人を含む一般債権者を害することを知りながらなしたもので、しかも授権者たる岡村鋼板も詐害の意思を有し、両者は暗黙のうちに意思を通じたとみることを妨げない。

ところで、控訴人は、本件債権譲渡により債務者岡村鋼板の財産に増減がないから詐害行為の客観的要件を欠く旨主張するが、前記認定の事情下になされた債権譲渡は債務者の一般財産の減少を来たさない場合でも詐害行為とみるべきであり(最高裁判所昭和四八年一一月三〇日判決・民集二七巻一〇号一四九一頁)、右主張は採用しない。

次に、控訴人は、本件債権譲渡は、一一月契約の履行に過ぎない旨主張するが、たとえ、一一月契約当時において債務者岡村鋼板の一般財産の処分が詐害性を有しないとしても、右契約自体により岡村鋼板の各得意先に対する売掛代金債権が控訴人に帰属し、岡村鋼板の債権者の一般債権の弁済を担保すべき一般財産から除外されたものといえないことは既に述べたとおりである。債務者岡村鋼板の財産のうち、一一月契約による控訴人の債権担保の目的たる部分は右契約時には未だ特定を欠くので、代物弁済の一方の予約と類似の法的性質を有することを前提として、昭和五二年六月時において詐害行為として取消の対象となりうる一般財産の新たな処分行為がないとする控訴人の主張は採用しない。」

よつて、結論において右と同旨の原判決は相当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(杉山克彦 倉田卓次 高山晨)

念書

本日、弊社は貴社との取引に当つて、弊社が貴社にお支払いする債務の履行を確保するため、弊社の各得意先に対する売掛金を譲渡担保に差入れます。将来弊社が万一、手形の支払拒絶、不渡、破産、事業閉鎖等による倒産、その他貴社へのお支払いを不履行したる場合は、本日、右の趣旨で差入れたる別紙内容証明による債権譲渡書の空白部分(金額、日付、得意先)を貴社に自由に補充のうえ直ちに債権譲渡通知書を投函されて何ら異議ありません。

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